じつは漢方、日本独自の伝統医学
科学的とはどういう意味なのか?

 人間を生物として見ると、少なくともこの二〇〇〇年ほどの間で、その本質に大きな変化はないはずだ。人間の本質が変わらない以上、当時用いられていた薬が、現在も有効であることも驚くには当たらない。日本では江戸時代まで感染症治療の主薬は漢方であり、実際に効果を上げてきたのである。このことを「近代的でない」「科学的でない」と否定する考え方こそ、科学的とはいえない。

(渡辺賢治『日本人が知らない漢方の力』祥伝社新書 P. 16)

人間の本質は変わらない。たとえば、古典。当時の人に影響を与えた思想や書物は、いまなお多くの人に影響を与えつづけている。

江戸時代に効果のあった漢方が現代人には効果がない。どうして、そんなことはあるはずがない。

「科学的ではない」というのは、ただ「西洋医学的ではない」といっているにすぎない。漢方は証に基づいて処方されるために、RCTによるエビデンスの提示には不向きだ。それはたんに手法の問題なのではないだろうか。

ほんらい、「科学的」とはどういう意味だろうか?

 科学とは「誰にでも再現できるもの」である。また、この誰にでも再現できるステップを踏むシステムこそが「科学的」という意味だ。

(森博嗣『科学的とはどういう意味か』幻冬舎新書 P. 75)

であるならば、漢方を科学的ではないといっている人は、このステップを踏むシステムが理解できない、つまり証の判断ができないといっているのとなんら変わりない。そう思いませんか?